桜が満開の季節となりました。
神子の森の工房の桜は今一番の見頃です!
今年はどうやら植物たちの動きが早いようで、すっかり追いついていっていない私たちですが(汗)、お米の種おろしを行いました。
生きていくためのお米づくり、っと言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、あまりお金に左右されるような仕事*生き方をしたくない私たちにとっては、このお米づくりは欠かすことのできない暮らしの一部。
いまの時代、お米を買うこと自体は大した金額ではありません。
買ったほうが安いし、楽だし、となります。
でも自分の手でお米をつくることができるというのは、お金がある以上の精神的な安心感みたいなものがそこにあります。
種をおろし、田んぼに苗をうえると、「これで何がおこってもこの先の1年は食べていけれるゾ!」みたいな・・ドシッとしたような揺るぎない安堵感。
お金だけだと、お金がなくなったら生きていかれない・・ような、とこしえの不安感があり、お金を稼がなきゃっという気持ちにさせられます。紙幣を食べることは当然出来ないし、お金があっても食べ物を買うことが出来ない時代がくるかもしれない。だからお金があってもいつまでも不安感がつきまとうのです。
お米にかぎっては昔の人たちがよく言ったように「米さえあれば生きていけれる!」そんな力強さがあります。味噌と梅干は常時貯蔵してありますし、万一のとき何があっても米と味噌と梅干があれば死ぬことはない。お米づくりをしている人は大小それをみんな感じていて、春になればまた種をおろすということをしているように感じます。
野の草にとっても、お金に左右されずに良い仕事をしていくために、このお米づくりが精神的な基盤になっています。
種おろしのそばで、わたしは玉ねぎの草刈り。
自然農なので草のエネルギーが溢れる畑。
菜種梅雨のひと雨ひと雨のめぐみで、玉ねぎが大きくなっていってます。
あとは種籾の発芽を待つばかりの今日この頃です♪
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